2015年3月29日日曜日

早い春

雪解けの早さに誘われて、自転車で100キロ走り、今日は七輪遊び。足元はしんしんと冷えてくるけれど、林を渡る風の音や、空気と一緒に流れてくる色々な匂いを感じながら、夫と二人、時を過ごすのは豊かで良い。こういうことが幸せだと思えるようになれて良かった。

2015年2月28日土曜日

2月。自転車シーズンスタート?

道東には暴風が何度となく訪れ、石狩では雨が降ったこの冬。数日前にも雨が振り、道路がすっかり乾いたかと思えば、冷え込んで積雪。気象の変化に少しおののきながらも、自転車に乗るチャンスとばかりにMTBを出し(待ちわびていた娘が)、夫と30キロ程乗る。泥除けをつけるのを忘れ、つっぱねで頭までドロドロになる。久しぶりにすることって、要領を得ないもの。汚れ物の片付けを終え、バイオライトというキャンプストーブと燻製器で遊んで贅沢な時間を過ごした。例年になく早いけれど、自転車シーズン到来。(通年の人もいるけれど)

2015年2月25日水曜日

 今シーズンはクロスカントリースキーをたっぷり楽しむことができました。12月27日滝野公園のコース練習を皮切りに、滝野歩くスキーの集い、HBCラジオハウス歩くスキー、札幌国際スキーマラソン、恵庭クロスカントリースキーの大会に出場。旭岳にも行き、パパの応援で湧別85キロも堪能。総走行距離は119キロ程。スーパースケーティングが気持ちよくできるようになった事が嬉しい事ナンバーワン。
 久方ぶりにスキーにのって「85歳で85キロ(湧別85キロを完走)できたらいいね」と昔、何気なく会話していた事を思い出した。その時は何気なく言ったけど、今具体的に考えると色々な努力抜きにはできないことに気づく。まず健康で85歳まで生きることが、実は難しいということを父の癌発症で知った。母の日常生活動作の様子を見れば、日々の食生活と運動に配慮した生活を、今から心がけておかなければと思う。大体、湧別まで移動するのだって、85歳にはえらいこっちゃ。家族の協力なしには難しそう。さあ、やることがたくさんあるわ。
 板のお手入れを済ませ、スキー用具は床下へ。さて、自転車に切り替えますかね。

2015年2月14日土曜日

1年経過。10年前よりパワー増強?

 背中に埋め込まれた発信器の除去手術、退院から1年が経過。日常生活を取り戻し、通常勤務ができるようになり、スポーツイベントにも参加。大会で競う意欲だって湧いてきた。先日の札幌国際スキー大会は、記録を調べたら10年ぶりの出場。ブカブカの雪をかき分けかき分け進む、25キロだったけれど、自分の身体を(気持ちも)自分で取り回す面白さがあった。この10年、全くクロカンも自転車もやらない時もあったけど、病気になったおかげで、スポーツが自分のものになった気がする。また、どれもこれも夫の存在抜きには得られない事で、夫の才能と愛に感謝。(チョコレート贈呈済み)明日は恵庭クロスカントリースキー大会で15キロを滑ります。

2014年11月16日日曜日

火遊び

父母の顔を見に実家へ。ついでに火遊びがしたくて、さつまいもを持参。薪ストーブはいいなあ。

2014年7月13日日曜日

麹菌が見えた!

酒蒸しアンパンが食べたいというリクエストに応えるべく、麹から甘酒を作ってみた。しかし、まとまった時間がなく、放置。でしばらく冷蔵庫の飾りと化していた甘酒の瓶。その存在を忘れかけた頃「冷蔵庫の中で爆発した」との知らせ。もしやと思い匂いを嗅いだら、腐敗ではなく発酵!早速元種を強力粉と米粉でおこし、酒蒸しアンパンとパンを作った!やったあ。2次発酵の見極めも良かったのか、高さのあるパンが焼けました。米麹はクセがなく、小麦の香ばしい香りが引き立つ酵母となりました。センサーをフルに使いました。

2014年2月14日金曜日

幸せ。

発信器除去終了。「さあ、地球の平和のために働けよ」と、持ち場に返されました。
が、まだあちこちがガタピシいっていて、身体も心もへなちょこです。
振り返れば、自分の健康のためだけに寝起きした一ヶ月だったのに、一日として人から支えの得られなかった日はありませんでした。
感謝、感謝です。
多分、健康で過ごしている日々であっても、多くの人の支えを、毎日与えられて過ごしているでしょうに「働いた」「役に立つことをした」「頑張った」という自負が、センサーの感度を下げていたんでしょうね。
リハビリに、と家の周りを30分かけて歩き、外の空気、生き物の気配を堪能。
日常に戻りつつある事を喜び、またこの「一ヶ月」を経た自分と、経る前の自分とを見比べつつ過ごしています。
正直、術後一週間の絶対安静は、思い出すのも嫌です。「経験を糧に」などとは簡単には言えません。
手術前「自分もかつて入院、手術を経験した」と見舞ってくれた人が「薄紙を剥ぐように良くなるから」という言葉をかけてくれました。
手術後、毎日新手の痛みが現れましたが、その度に、この言葉を祈るように唱えて、一日、一日を過ごしました。
そして、退院の日、これから手術を受ける同室の方に、実感を込めてこの言葉を贈りました。
こんな事くらいなら、あるかもしれません。